34節のうちの1試合≠34分の1。

 やる気がないとは言わないが、すごくやる気があるようにも見えない試合だった…気がするのは、私の心が歪んでいるからでしょうか。心がきれいな人にはもっと違うものが見えるのでしょうか。今日の横浜の試合は、私にとって、負けたことが悔しいとか言うような感情を除くと、すぐに一切の内容を忘れてしまうような、印象に残すなにをも見出せない試合だったような気がするのですが…。ああ。何が切ないのかと言われれば、私は負けたことでも、今節まだ残留が確定させられていない*1事実でもなく、チームが徹底的になにかを見失っているのじゃなかろうか、という漠然とした印象を抱かせるからです。見失っているのは、目標とかそんなものじゃ、多分ない気がする。いや、そうなのかもしれないけど。この感じが、自分でもよくわかりません。まとまりのない雑感ですが、今一番正直な感想として、書き連ねておきます…。

 今から「優勝」みたいな、大きな夢は見ない。でも90分間の試合の中で、ほんの一瞬でもはっと目を引くような、心を膨らますようなシーンがあれば、せめてこんな気持ちにならなくてすむのじゃなかろうか。その一瞬こそが、横浜に必要な「夢」なのじゃないかと、近頃思ってみています。もっとそんな夢を見たい。大好きな水沼さんと選手の皆さんと一緒に、夢を見たい。皆がその瞬間に、「同じ夢を見た」と感じられるような、一瞬の幻想を求めて、人はスタジアムに行くんだという気がする。優勝って、そういう「一瞬の夢」の積み重ねの結果だったはずだ。そういう一瞬の積み重ねの果てに、優勝はある。もう今季の優勝という夢は見れない。でも、小さな積み重ねは、今からだって、最後まで出来るから、それを見せてもらいたいと思って試合を見る。
 降格もなさそうだが優勝も潰えたチームを、それでも応援するのは何故かといえば、そういう一瞬を、チームの皆さんと一緒に共有したいと思うからじゃないの? そういう気持ちを「チームを好き」と言うのじゃないかと思うのです。
 応援する人の皆が、スタジアムに毎回足を運べるわけじゃない。その日、その時間にスタジアムにいる為に、来場する人は自分の日程を必死で繰り合わせてやってくる。チケット代を払うだけじゃない、もっと色々なものを、その人達は払ってやってくる。今日の試合もそう。アウェーなら尚更。そういうことを考えれば、34節のうちの1試合は、「34分の1」と簡単に等しく割り切れるものじゃない。見に来る人の中には、その1試合にしか、会場に足を運べない人もいる。スタジアムに応援に行く人も、行かれない人も、多分気持ちの部分ではその人なりに等しく、チームを応援していると思う。でもやっぱりどこかで、それぞれの人にとって、それぞれの試合に比重が違う。濃度の違いが出来る。それは当然のことのような気がする。
 優勝という具体的な目標がない今、見にくる人達はこれまでにまして、より一層、純粋に「選手達の戦い方」に意識が向いている。もっと、一つ一つの試合の意味を考えて、もっと一つ一つの試合を大事に戦ってください。最近、こんなことばっかり言っている気がしますが。試合を見て、結果とは別のことで溜め息を吐きたくない。残り試合をどう戦うかは、即ち選手として、チームとして「どういう意識を持っているのか」、その本質を如実に語ります。



 明日は、サンチョルさんやヤスの引退試合。行かれる方は雄姿をたっぷり拝んでいらしてください。私は後ろ髪引かれつつ西が丘に行きます。雨止むといいなー。

*1:よね?