中田英、孤独の理由。

 とりあえずヒデさんの孤立ぶりが、異常なほど際立ったW杯でした。チームが、ヒデと、その他の選手というように分離していて、どこかでぎくしゃくとしていた。双方が隔絶していて、その間にあった蟠りが、最後まで消えることはなかった。
 最後にヒデが一人でピッチから立ち上がれずにいたシーン、何故泣いていたのかということに対し、幾つもの解釈があるでしょうが、一番私の中で深く頷く*1解釈は、「チームに対しての失望」という説でした*2。悲しいことだけれど、一番、納得した。多分、失望したんだろう。判らないけど。
 ツネさんが「ヒデとほかの選手をつなぐ作業は、しんどいものだった」という主旨のことを洩らしていたそうです。ツネと、あとゆーじ辺りもそうだったように私には見えたのですが、なんとかチームとしてヒデを集団に混じり合わせたいと、神経を遣っていたように思います。それはすごく伝わってきた。ヒデの理想とチームの現状が、あまりにも掛け離れていた部分があって、ヒデはそれを許せなかったのだろうし、チームもそんなヒデを腫れ物に触れるようにしていて。なんかそれが伝わって来るのを見るのは、でも悲しかった。チームの中ではどちらかといえば年長の選手で、誰よりも色んな経験をしているからこそ、ヒデは憎まれ役を買っていたという見方をすればいいのかもしれませんが、しかしそれ以上に私には、ヒデが思いのほか「不器用」に映りました。



 ヒデの特徴を語る場で言われる、「状況を俯瞰出来る能力」が、彼の選手としての立ち回りを無駄なく正確にするからでしょうか、ピッチでの選手としての圧倒的な能力があるからかもしれません。日本の選手の中では頭抜けていて、器用で何でも出来るような万能さを感じさせるところが、どこかヒデにはありました。でもそれは一選手として、ピッチに立っているその瞬間を指して、そうなのであって。当然ながら、彼の全てがそうなわけではない。改めて思いました。

 W杯前のインタビューだったか、ヒデが「ツネのようなやり方もある、でも僕には出来ない」と言っていたことが、今になって脳裏に思い浮かびます。ヒデはヒデ、ツネはツネで違うやり方があり、別に一緒である必要はない。それぞれに学ぶべき点や、良いところがある。ツネのようなやり方をするキャプテンも必要だし、ヒデのような人も、チームには必要だったと思います。そもそもそのインタビューは、「ツネという人」をヒデの目で見た話をしていたもので、ヒデは特にツネとヒデ自身のやり方を比較したりしていた訳ではありません。でもその言葉が、すごくヒデを象徴していたように思えて、印象に残りました。

 ヒデが「仲良しクラブじゃない」という主旨のことを、チームに対しての警告を発していたのは、チームが「仲がいい」ことより、「ぬるく」「甘い」からだったのでしょう。それに切実な危機感を持っていたのは、ヒデでした。ヒデに繰り返し、それに関する苦言を言わせ続けたチーム(他の選手)にも責任はある。
 どちらかが一方的に悪いということでなく、どちらにもそれぞれに、チームに滞り続けた「蟠り」の要因はあったのだと思います。
 それを埋める方法がなかったのだろうかと、W杯の始まるずっと前から、考えていました。
 時間がないから、穏やかなやり方を選ぶという余地は生まれなかったのでしょうが。今となってはヒデが「ああいう」やり方でしか、チームを引っ張れないということ*3が彼の不器用さでもあり、一番、彼自身の首を絞めていたようにすら思える。ヒデの感じるもどかしさが、だからこそ見ていて痛々しかったです。

 チームの他の選手も、同時にヒデも、もうちょっと歩み寄れていたら、もうちょっと違ったかもしれない。でももう終わってしまったこと、「たら・れば」を言っても仕方がないけれど。最後の最後、敗退が決定したあの瞬間を、誰も寄り付けず(寄せ付けず)、一人で倒れ込んで起き上がれず泣いていたのが、今回のヒデの立ち位置をなにより強く象徴していたように思いました。
 試合で、特にブラジル戦で、最後まで気持ちを切らさずに攻守に奮闘していたのは、ヒデでした。だからこその、失望。

 せめて、つらい気持ちをこそ皆で分かち合えれば、もう少し気も紛れるかもしれないのに。倒れ込んで一人で動かないヒデの映像を見ながら、私は勝手にそんなことを考えていました。でもヒデはそんなことを一番望まない、寧ろ嫌うことだろうことも、なんとなく判りました。
 一人で背負い込んで来たから、一人でしか泣けない。そもそも悲しみなんて、誰と一緒にいようと、誰とも分かち合えないものだけれど。それでもやっぱり悲しかったのは、試合に負けたことでも、GL敗退が悔しくて泣いていたことでもなく、ヒデがあの瞬間に「一人だったこと」のように思うのです。



 ヒデのそうしたプレイ以外の部分での表しがたい焦燥と、ツネが必死で繋ぎ止めようとする気遣いと、他の選手が見せる途惑いの陰で、今回非常に印象に残ったのは、土肥選手でした。ブラジル戦では、ひたすらチームメイトに声をかけ続ける姿が、中継でも多く見られました。
 私はずっと以前、土肥選手というと、所属のFC東京のGKとしてチームを叱咤する、怖いくらいの形相の強烈な姿をしか思い浮かべられませんでした。実際東京の選手がインタビュー等で*4「土肥さんは怖い」と言うのを何度となく接しており、なんとなく怖い人なのかなと、勝手に思ったりしていた。
 でも代表に呼ばれるようになって、合宿などでの映像や洩れ伝わる話など聞く度に、印象がどんどん塗り替えられて行きました。チームのムードメイカーになって、他の選手をいじったりなどしながら、チームを盛り上げていく。あんな風に穏やかに笑ったり、和やかな表情を持っている人なんだと、非常に好意的に思うようになりました。
 勿論、土肥さんとヒデとでは、チームの中で求められるものが違うのだということは、判っています。ヒデが自らチーム内の立場を感じ、それを選んだように、今回のチームで一番年長だった土肥さんにこそ求められるものがあり、土肥さんもそれを受け入れて、積極的にそれを全うしようとしたのじゃないかと思う。比較するつもりはありません。比較なんて、できません。

 ただ、これからヒデがどんどんチームの中で*5年長になっていく以上、チーム内で求められるものは、それにつれてどんどん変化します。責任の重さということに関して、ヒデが誰に言われなくとも、一番強く背負おうとする強い気持ちのあることは判るので心配もなにもしませんが。ただ人間が集まる「チーム」だからこそ、闇雲に引っ張るプレイだけでは回っていかないものがある。そうした見えない、微妙なチーム内の機微を、年長者として操ることを、いつかヒデも求められるようになるのではないかと思うのです。
 性格や色々な資質が人それぞれなので、ヒデがツネと同じキャプテンにはならないように、必ずしも土肥さんと同じものを求められることもないでしょうが。年長になればなるだけ人を、プレイ以上に人の中で求められる仕事が増えるように思うのです。見えない手綱を緩めたり引き締めたりする呼吸を、土肥さんは多分、ヒデより知っていたのでしょう。これは年長者ならではの聡さというものなのかもしれません。



 既に書きましたが、ヒデのような選手が日本には必要だった。それは間違いないことです。ヒデがいたから、ヒデが心を鬼にして引っ張ってくれたから、チームが戦えた部分は大いにあります。でも、ことヒデに関して、もう少しだけ違うやり方もあったのかもしれないよと。冷静な状況判断の目を持っているヒデだからこそ、もう少しだけ息を吐いて、チームを眺める気持ちを持っていれば、あるいは最後のあの瞬間、ヒデは一人だけで倒れ込まなければならない失望を抱えずに済んだのかもしれないと、ふと考えてしまいました。
 経験豊富で圧倒的な存在感を持つヒデであればこそ、「それ」を知ればもっと強く、なくてはならない、今以上に人間的に素晴らしい選手になっていける。だから、誰よりもヒデ自身が少しでもラクになっていく為に、そういうことに少しだけ目を向けて、感じたことを模索して行ってくれればいいなと、勝手に思ったりしています。

 長々と書いて来ましたが、全ては想像でしかない。真実はヒデの、それぞれの選手の中にだけあることです。外から見ている私達には、絶対に判らないことを、選手達は幾つも持ち帰ってくるのだと思います。良かったことも悪かったことも、全て「経験」と「課題」として欲しいし、それを人に伝えることで少しでも共有財産として、これから「次」に迎えますように。

*1:正しいかどうかはヒデだけが知る問題なので不問として語る

*2:元記事はこちら→【http://www.asahi.com/sports/fb/TKY200606240209.html

*3:彼は賢い人なので、恐らく他の方法があるのは充分判っていたと思いますが、それを敢えて選ばなかったという、彼の志向そのものまで含めて

*4:それは半分くらいは冗談の物言いなのでしょうが

*5:それは代表内でも、所属チームでも