絲山秋子「沖で待つ」

沖で待つ

沖で待つ

 第134回芥川賞受賞作。ずっと興味があった作家なのですが、やっと読みました。初、絲山。総合職で働いている女性と、同期入社の男性との関係を描いた短編。といっても、恋愛ものではなく、男女の友情というか「同志」といった感じの、少しだけ特別に「近い」距離感を持つ異性との交流の話です。主人公の女性の一人称で、彼女の生活や、男性との関係や思い出深いエピソードが静かに綴られている。
 話の冒頭と最後、いかにも小説としての「フィクション」のシーンが用意されているのだけれど、それが要らないのじゃないかと思うくらい、中盤で語られる男性のエピソードや女性の生活のあれこれが「地に足の付いた」現実を生きていて、私はその描かれ方があっさりしていて夢見がちでなく、でも変にひねてもいない感じが、読んでいてしっくり来て好きでした。体にすんなり馴染む感覚。日常を生きている彼女達の、時に失敗もする当たり前さが淡々と綴られていて、その文章に「清潔感」みたいなものがある気がしました。
 穿った読み方をすると、こじんまりしすぎているかなと思えそうなほど、淡々とあっさりしているのだけど、それが変に切なさや悲しみを誘いすぎず、ちょうどいいのかもしれません。爆発的に「凄い面白い!」というような、ドキドキワクワクする話ではないけれど、冒頭から引き込まれて、一気に最後まで読み通していました。私は面白かった。



 主人公の女性と男性がした約束――、「もしどちらかが死んだら、残された方がPCの中身を隠滅する」という約束は、男性が突然の事故死で亡くなって、主人公の女性によって果たされる。男性が隠そうとした秘密がなんなのか、具体的な形で作中には現れてきませんが、女性の側で隠している秘密などが最後にちらりと出て来たりして。作品全体になんとなく冷やりとした手触りが潜んでいるようで、どこかで張り詰めた感じを常に感じられるような話でもある気がします。
 他の作品にも興味があるので、またそのうちに別のものを読んで見たいなと思います。