星の王子さま。

 各出版社から、色々な方による翻訳本が出回っていますね。私は一番昔からある翻訳を読んでいない人間ですので、最初に星の王子さまを読んだ際には、比較はできないし、する気も無いと思っていた。しかしその後、私が読んだ翻訳(池澤夏樹訳)に、非常に印象に残った台詞がありまして。キツネが王子さまに言う、「僕を飼い慣らして」というものなのですが、たまに書店で別の翻訳本を見かける度、そのシーンの台詞が、他の翻訳では一体どう訳されている、確かめてみるようになりました。



「懐かせて」とか、「親しくなって」というような言葉で訳されているものを幾つか見かけました。確かにそういう単語の方が日常的で、一般的な言い回しに思えますね。そうした翻訳を先に読まれた方には、池澤訳の「僕を飼い慣らして」は無粋に響くかもしれないなぁと思ったりしました。
 ただ私はあくまで、「僕を飼い慣らして」という訳だったからこそ、私の中に響いたのだとその部分のみ読み比べて思いました。「飼い慣らして」だからこそ、切実なものに響いたのです。親しくしてでも懐かせてでもなく、「飼い慣らして」。飼い慣らすという言葉が、普段日常生活においてあまり使われない言葉だからこそ、強く、重い意味を帯びて届く。言葉にはそういう作用がある。まさにその作用によって、「飼い慣らして」というキツネの気持ちを際立たせたかったのが、池澤訳の狙いなのかもしれない。だってよほど思いつめでもしなければ、誰か他人に「飼い慣らして」なんて思わないし、絶対に希ったりしない。キツネの気持ちが痛々しいほどで、本当にかわいいシーン。
 言葉の選び方で、こうも印象が変わってしまうんだということを、ぼんやり考える今日この頃。