司馬遼太郎「坂の上の雲」

新装版 坂の上の雲 (8) (文春文庫)

新装版 坂の上の雲 (8) (文春文庫)

 全8巻(文庫)。昨年末からだらだら読んでいたもの。
 この作品は特に初出が新聞連載だからという事情があるのだと思うけど、司馬は同じエピソードを何度も何度も、作中繰り返し出してきて、その度、ある程度丁寧に説明を加えてくれるので、「誰だっけ」とか「なんだっけ」というような疑問で、読書中にそれまでの巻をひっくり返す必要がありません。大変便利な心遣いだ(笑)。全然歴史的な知識がなくても読めるからいいです。歴史小説。←勉強しなよ!



 初めて読んだ時にもそうだったが、今回もやっぱり4巻で引っかかって苦しみました。最初の方は人物*1に焦点が当たっていて、その人物とその周辺の情景が描いていあるのに比べて、4巻くらいになってくると、もっと視点が高いところに移って「戦争」を描いてゆく展開になる。それに慣れるまでに、今回も少々時間が罹ってしまいましたよ。特に旅順要塞攻撃の延々と続けられる正面突撃の辺りは、一瞬で人が無残に亡くなっていく描写が続くこともあって、内容的にも読み進むのがしんどくなる。そういう意味で、陸軍首脳部的にも辛かっただろう4〜5巻辺りが、私にとっても一番辛い山場になりました…。
 同じ司馬作品で戦いを扱っていても、たとえば幕末の時代の作品なら、ここまで読み進むのが辛くないなぁと改めて思った。特に「人間」のドラマにだけ興味が傾く私のような人間にとっては、砲撃一撃で何十何百の人が亡くなっていく近代戦争の俯瞰的な描写の羅列は、字を追うことが結構しんどい。同じ戦争を描いても、日本の幕末くらいまでは、メインの武器が剣や槍みたいなもので、「対人間」という戦闘になるけど、近代戦争は「対武器」だからね。人を描写する時、「組織の一部」としての主人公、というような描き方になるんだよね。
 ただそうした中でも、人間くさいエピソードや描写を沢山盛り込んでくるのが司馬という作家さんで。好古兄ちゃんの鷹揚な将校ぶりとか、真之の伸びやかな奇人ぶり(笑)とか、十二分に堪能してみました。歴史小説なので、現実と照らし合わせつつ書かれていても、これが全て彼等の事実を描いているということではないと思うけれど。小説≒史実であるということを忘れなければ、「まるで現実そうであったかのような空気」を楽しめるのが「歴史小説」の醍醐味だよね。
 今回は特に真之の人間くささがいとおしかったな。末っ子でかわいがられて大切に大切にして育てられた「弟」感がありありと。本当おもしろい兄弟だなー。若かりし頃の真之にとっては嫌な言い回しだろうけど、「あの兄がいたからこその、この弟(真之)」。繋がりが非常に濃い兄弟。絶対。弟の奇人ぶりもさることながら、兄の天然ぶりもまた、小説のキャラクタとして大変素晴らしいよ。司馬先生が生き生き書くもんだから、「小説、これは小説」ってどんなに心で言い聞かせても、私の中ではあの兄弟が相当「奇天烈兄弟」になってますよ?! この辺りが、一部の人にシバリョが眉をひそめられる所以なんだろうな…(苦笑)。

*1:秋山好古・真之兄弟、子規