最終節、対大宮戦。

試合後会見で岡田さんが洩らした言葉が、虚しく耳を打った最終節でした。
「いい試合の後に、少し舐めたようなサッカーをしてしまう」。岡田さんのこの言葉を、果たして私達は今季、何度聞いて来たのだろう。優勝争いはおろか、賞金圏内にも入れなかった寂しい今季最後のリーグ戦は、あちこちで言い尽くされた通り、まさに「今季を象徴するような試合」でした。
何故そうなのか。原因はなんなのか。改めて考え直して天皇杯と、来季に向かって行きたいものです。尚、河合は今節のレッドカードで、10日に行われる天皇杯5回戦は出場停止。そんな時こそ那須! …か?*1
という訳で、今回もだらだらと長文雑記で最終節を振り返ります。

岡田さんの詳細に関しては上記ページ等を読んで頂ければと思いますが、ここでは以下を引用させて頂きました。

「いい試合が続くと、サッカーをなめているようなプレーが出てしまう。これは私自身の反省でもある。(中略)
人間は弱いもので、二連覇を果たしたことで私自身も驕りがあったのかもしれない。自分に対しても警告が発せられたようにも感じている」http://www.so-net.ne.jp/f-marinos/sokuhou/cgi-bin/view.cgi?id=10000292

いい内容の試合であった時も、そうでない時にも、岡田さんのコメントには選手の努力に対する言葉は忘れられておらず、その代わり上記のように、「私自身の反省」点だという風にコメントを残してきました。公式な場では決して選手を悪く言うことはなかった*2
勿論、試合後というものは、チームとしての問題から、各選手それぞれの問題まで、細かい問題が様々に出て来るのだろうと思います。それが、いい試合でも悪い試合でも、反省点や修正点は恐らく沢山ある。そうしたものは、岡田さんの中にきっと渦を巻いているのだろうと思うのですが、公でのコメントとしては発されることはありませんでした。直接的な表現で選手を責めることのないその代わり、ただ繰り返し、「いい試合が続くと、サッカーをなめているようなプレーが出」てしまうのだと言って来たのではないかと思うのです。
この言葉を今季、一体何度聞いたのだろうかと考えると、寂しいような虚しいような気持ちを覚えずにはいられません。岡田さんが感じたという、「自身への警告」の音。まさに、一年通して発せられ続けた警鐘が、未だ耳鳴りのように木霊している。警告の音が鼓膜にこびり付いたまま、リーグ戦が終わった今も、それが離れないような気がしています。



試合は松田さん欠場の為、河合中西中澤の3バック。坂田グラウの2トップで、攻撃的MFにはマグロンと、久しぶりの出場となる熊林というメンバー。1ボランチの良治さんの腕にキャプテン章は託され、最終節に対するは大宮アルディージャ
…それにしても、後ろでボールを回している時間の、なんと長い試合だったことか…。
大宮の久永選手は「あれだけ引かれたら崩すのは難しい」、横浜も永輔さんが「あれだけどん引きされると」という感想を残している通り、シュートシーン自体の少ない寂しい展開となりました。特に前半は中盤にボールが入らず、結果単調なロングボールの攻めに頼るという、いわば横浜の典型(悪い方の…)といった内容。詳細データでは、90分間でのシュート本数7本(枠内2本)で、前半はなんとシュート1本のみ。これまでの、やっと盛り返してきた勢いは何処へ。…。
後半はハーフタイムの指示を受けて、攻勢に打って出る横浜。ただその勢いでペースを握るというところまではいかず、そうこうする間に河合が一発レッドで退場。中継映像を見たところでは、確かに副審に対し、何か言ったようには見えました。一発退場のジャッジの瞬間、河合君本人は勿論、横浜の選手数人が主審を囲み、一時、場は騒然。カードの理由?は「侮辱」だったようですが、警告で済まないような余程のことを言ったのか。あるいは大したことを言ってはいないけれど、厳しい判定が下されたのか。
ともあれこれがきっかけになって、横浜は目が覚めたように動き、攻め始めます。河合の抜けた後は、ドゥトラ中西中澤隼磨の4バックで対応。あまり時を置かず、大宮もトゥットが警告二回で退場となり、数的不利であった時間は長くなく、どちらかといえばこれ以降、かなり横浜ペースに。
良治さんの意地のミドルで試合を振り出しに戻したものの、フィニッシュの精度に欠き、得点は依然遠いまま。那須投入後のパワープレーも実らず、最終戦は1-1のドローで終了となりました。



ところで河合に対するカードのシーン。主審に詰め寄る河合、そして中澤、隼磨、ドゥトラ、永輔。「理由はなに」「意味判んないよ」「カードの意味」…。語気を荒げて、カードの理由を説明しろと食い下がる選手に対し、主審は説明を一切しなかった模様です。そこへ良治さんが来て、皆を制するように引き剥がして一言、「言っても無理だよ」
この一言が、非常に強烈でした。良治さんのお人柄の一面が、なんというか最高によく現れた場面であったような…。その日のTV東京のスポーツニュースでは、ご丁寧にもテロップ付きで一頻り放映されておりました。…。全国区で騒然と、猛然と抗議するシーンを晒されてしまう横浜。いっそ笑える…。これもマリノスクオリティ…?。

ちなみに中継の解説曰く、ああしたシーンで審判は、選手に対し、説明の義務はないのだそうです。ただ本人の河合はともかくも*3、他の選手の気持ちを考えると、一言なにがしかの説明はあってもいいのでは、とは少し思いました。中澤さんがあれほどまでに怒気を隠さず、審判に詰め寄るのは滅多ないこと。よほど納得が行かなかったのでしょう。それは多分、河合以外の選手には何が起きたのか、全然判らなかったということだと思うのです。つまり河合が何を言ったのか、まるで聞こえていなかったのではないかと思う。「何もしていないのに、何故退場なのか」。選手としたら、そう思って詰め寄りたくなるのも当然の話です。
詰め寄った彼等は、河合の退場を取り消せと迫っていたのではない。一度出されたジャッジが覆らないことはよく知っていて、それでも、何があったのか知りたかったのだろうと思うのです。侮辱があったと一言だけでも、説明すればいい。そうすれば、たとえその場納得が行かなくとも、もう少しすんなり詰め寄った彼等は抗議を収めたのではないかと思う。抗議が虚しいことも、選手達は経験から一番よくしている筈だからです。そういう意味で、もう少し人の気持ちを考えた試合運営をすればいいのにと、思って見ていました。
抗議などによって、長く試合が中断してしまうことの方が、よほど試合そのものをつまらなくしてしまうように思う。ジャッジの質、良し悪しといったことは勿論として、審判が滞りなく試合を進めていく役割を担っているのなら、あの場で一言だけ説明をすれば済むことのように思いました。



ともあれ、長引きそうだった選手達の猛抗議を食い止めたのは、良治さんの一言でした。「言っても無理だよ」。この一言が強烈だったのは、恐らく良治さんの言い方に「ジャッジは覆らない」という以上の意味が含まれていたからです。
彼のあの場での「無理」の一言には、キャプテンとしてその場を収めようという理性より、もっとはっきりと審判に対する蔑みに近い感情が感じられました。つまり、審判とジャッジそのものに対する諦観が、露骨に表現されていたように見えたのです。
「言っても無理」なのは、「何を言っても意味が無い、仕方のない『相手』だから」。聞く耳を持たぬ者に、言葉を尽くしても時間の無駄でしかない。彼の冷め切った表情と、詰め寄る選手を制した冷たい仕草には、ジャッジに対する諦めと呆れがはっきりと透けていた。悲しいかな、それも無理からぬことかもしれません。
思えば今年の横浜は、審判のジャッジに泣かされたシーズンでもありました。リーグ開幕戦もそうでした。ACLでも明らかに故意のミスジャッジに苦しめられ、そして最終節のこの場面。今更、審判やジャッジそのものに、希望を抱けというのも難しいことなのかもしれません*4
それでも審判を抜きにしてサッカーをすることは出来ない。どんな審判であれ、ジャッジであれ、それを受け止めて、(不利益を被るなら)それを上回る結果を、自分達で導き出さなければならないのです。選手はそんなことは、いやほど判っていることでしょう。今年横浜は、そうしたところを引き受けて、尚且つひっくり返すだけの力が備えられなかったのだと、改めて思った最終戦でした。
「今季を象徴するような試合」。あの試合を見ていて不思議に悔しくならなかったのは、私が彼等に期待することを諦めてしまったからではなく、ただあまりにも長く厳しいシーズンだったことを思って、気が抜けてしまったからかもしれない。私には選手を悪く言う権利はない。でもそんな一年もあと少し。天皇杯へ向けて、私ももう一度、ネジを巻きなおそうと思います。
そして出来たら天皇杯で、発された警鐘の木霊を拭い去る試合を、見せて欲しいと思うのです。






 …後藤、見たかったなぁ…*5

*1:疑問系かよ!

*2:ちなみにチームの成績が思わしくなかった時にも、私が岡田さんへの評価があまり下がらなかった理由はそこのような気がします。サッカー監督というより、人としての評価。そういう意味では「監督」を評価していない訳なのですが。どんなに「監督」として優れているとしても、「人として」魅力のある人だと思えないと、やはり選手も付いて行かないだろうなと思いますので…。まあ後は、最後にはサッカーをするのは監督でなく選手だから、という点が大きいのかなと思うのですけど。まあどちらにしても素人考えというものです

*3:少なくとも自分が何を言ったかは、本人は判っている訳ですから

*4:個人的には、そうしたものは運みたいなもので、最終的に差し引きゼロになるものだと思っているのですが。ただ頭でどんなにそう考えていても、苦しめられた苦い記憶の方ばかりが、誰しも鮮明に残るものですからね…

*5:偽らざる本音