色川武大「うらおもて人生録」

うらおもて人生録 (新潮文庫)

うらおもて人生録 (新潮文庫)

 普段は小説ばかり読んでいるので、私にとって、こういうエッセイ的な本を手に取るのは非常に珍しいこと。好きな作家の本だからという理由でこの本を手に取ったので、どういう内容のものでも大概興味深く読むことが出来るだろうとは思っていましたが。これは予想以上に心に響く名著でした。好きな作家の言葉だから、響きやすいのだろうという部分は、勿論あるとは思います。でもそれを差し引いても、この本は全編、暖かい優しい目線で綴られていて、彼においての「人生」というものの一端に、――本当にほんの少しですが、触れられたような気がします。
 色川名義で発表されている小説で、特徴的で部分でもある、色川自身の持っているだろう「劣等感」みたいなものの片鱗。この本ではそれがさらりと語られていて、彼の小説と互いに影響しあって、一つ一つのエピソードがこちらに響いてくる。
 時に傷や劣等意識といった一般に「悪い」とされる様々な感情でも、敢えて一つ蓄えることで身に付けられることもあるし、魅力的な人間にも成れうる、と語られている。なんだかね、この本にちょっと救われたような気持ちです。手を合わせてありがとうと言いたくなる。深い、穏やかな色川武大という作家の魅力に、改めて触れられた素敵な一冊でした。