横溝正史「獄門島」

獄門島 (角川文庫)

獄門島 (角川文庫)

 金田一耕助、2番目の事件(多分)。戦地から帰国した金田一が、戦地で知り合った友の遺言を果たすべくやって来た島で、次々に連続殺人が起こるという話。作品の最後、謎解きの場面で、和尚が洩らした言葉の意味が語られるシーンは、圧巻の一言でした。和尚の言った言葉は、ちょっとここでは書けないんですけども。「これぞ謎解き!」「カタルシス!」といった感じ。大変すっきりさっぱり満足の読後が味わえます。

 横溝の作品は、平成の現在に読むと、ちょっとドキッとするような言葉や言い回しが多く出てきます。いわゆる「自主規制用語」*1が、かなり多く出てくる。恐らく現在だったら出版前のチェックで引っかかって、他の言い回しに差し替えられるだろうな。本の最後には、「作品発表時の時代的背景と文学性を考え合わせ、著作権継承者の了解を得た上で、一部を編集部の責任において改めるにとどめました」と注意書きが添えられています。
 作品の書かれた時代を考えると、恐らく不当な差別だなどの意識なく使われていた言葉なんじゃないかとも思います。また「夜歩く」もそうでしたが、この話も、作品の根幹に深く関わるような部分で使われる言葉や言い回しは、簡単には差し替えが出来ないなど、難しい問題が色々あるのだろうと思う作品でもありました。
 自主規制用語というのは概ね理由があって使用を制限されている言葉なので*2、そうした言葉の使用を奨励しようとは決して思いませんが。しかし作家が作品を書く時には、その言葉を、考え抜いて選ぶべくして選んで書いたのに違いない。それを思うと、それまで使われて来た言葉を差し替えるというのは、迂闊に出来ることではない、とても難しい作業だなぁと、思ったのでした。
 どれくらいオリジナルから言葉を差し替えたのか判りませんが。「夜歩く」も「獄門島」も、作品の重要な部分で出てくる言葉が、現在では尽く自主規制用語になっているもので、恐らく差し替えられずに使用されている為。読み進みながら、「うわ、こんな単語が」とか、「こ、こんな表現が」と、作品の内容とは別の動揺を感じました。…。古い作品なんだなぁ。

*1:放送禁止用語とか

*2:行き過ぎは言葉狩りになってしまうので、それもどうかと思うのですが、その線引きは難しい…